九死に一生を得ず

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さよなら絶望先生 #7

前半の藤吉さんパートは原作で受けた印象そのまんま。禁断の5コマ目は笑えないなぁ
現実が重過ぎる
でもコミケ開催中にこのネタを持って来るあたりは上手いよなぁ
あの紙芝居風?割り箸劇は最初ドージンワークのパロかと思ったけど、
多用されてる内に、普通に演出の一種なんだと思い直した
あれは単にコスト削減だけじゃなくて、演出してもありだと思う
二次元のアニメの中で、さらに次元が違う?というか、劇中劇っぽい感じが簡単に表現されてていいと思う

後半はちょっと肩透かしだなぁ。前半パートでらきすたネタやコードギアスネタをせっかく仕込んだんだから、“祭り方アニメ”への言及が欲しかった(黒板とかであったのかもしれないが)
らきすたなんかは典型的なんだからその辺突っ込んで欲しかったなぁ
埼玉テレビだと次がらきすただってのもあるし、無茶して欲しかった…

以下祭り方アニメについて

ハルヒ、らきすた、(コードギアスも含めてもいい)に代表されるような最近の祭り方アニメは(そんな用語があるのか知らないけど)
絶望先生の言ってる祭りと担ぎ手の性質が幾分異なると思う
単純に絶望先生の講釈の通り、そういう要素をぶち込んで作品を通じてブームを仕掛けるってのが、“祭り”を狙う作り手側の立場だけど
実際ハルヒ、らきすた辺りのブームは作り手側の仕掛けよりも、受け手のバイタリィーこそが祭りの本質を作り上げていると思う。というよりネット環境によってそういうように見えるというか
つまり、視聴者が担がれた祭りと単に受動的に接するのではなくて、その祭りの本質を成すような現象を自分自身が生み出していることから、担ぎ手の立場に曖昧な部分が生まれているというか。
それはyoutubeで踊ってみたり、オリコンで主題歌を一位にするための運動をしてみたり、ニコニコでMADを流してみたり
この現象はオタクの中でも、一部の創作的な才能を持つ人間の手によって行われたものだけど、その生み出した祭の要素を盛り立てるさらに多くの圧倒的数のオタクが2ちゃんねるやらブログで囃し立てなければこうはならなかったってことで

踊る阿呆も踊りたいから踊るわけで
商業的陰謀が隠れてしまうようなパワーを感じる作品を待望する所存であります
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さよなら絶望先生~第7話・ある朝、グレゴール・ザムザが目をさますと神輿を担いでいた

さよなら絶望先生ですが、藤吉晴美というメガネをかけた同人誌を描いている少女の紹介です。藤吉晴美だけ特に語呂合わせしていない気もしますが、メガネをかけているので他のキャラと区別はつきます。藤吉と絶望先生こと糸色望の同人誌は全く違ったりします。(さよなら絶望

レビュー・評価:さよなら絶望先生/第7話 ある朝、グレゴール・ザムザが目をさますと神輿を担いでいた

品質評価 0 / 萌え評価 0 / 燃え評価 0 / ギャグ評価 0 / シリアス評価 0 / お色気評価 0 / 総合評価 0レビュー数 0 件 第7話 ある朝、グレゴール・ザムザが目をさますと神輿を担いでいた についてのレビューです。

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